何かのニュースを見て「なんだあいつはやっぱり偉そうなこと言っていながらダメな奴だったんじゃん」という感想を誰かが持ったとして、それはとりあえずはその感想を持った人にとって「役立った」ことになるんだろう。
一体なんの役に立ったのか。この場合にはジェラシーが解消されたように感じられたということだ。自分が引き上げられたように感じられたということだ。もっと言ってしまえば、評価されたと同義に、立ち位置が変化したような「気がした」ということだ。
でも、これを役立つというのだろうか。
勝負はどこにも存在していない。
このような心理的ヴァーチャル納得力は、実用性であるとされている。
なんで?と思う。
おそらく、立ち位置が変化したように感じた本人にさえ、それは違和感を伴ってしか実現していない。なのに「それでいいんですよ」という声がどこからともなく聞こえてくる。
どこからともなく。どこ?どこなの?
そこはたぶん、お金がお金を生む場所であり、宣言するだけで戦争を終わらせる(始められる)場所であり、所有が所有という生物として生きながらえる場所であり、なんか有り得ないのに存在している、不気味としか言いようのない場所だ。


Comments
そんなことがあったの
5年ほど前に歯医者の
もうちょっとロジカル
同感。ガキの頃はそう
最近、人の中に内在す
ですね!
こんな暑い日は、うな
おはようございます
イナダさんに日々起き
ドブは、全ての最後を